読んでいて辛くなるときが多々ありました。何度か手を止めながらの読了です。作中で描かれているようなSNSネイティブな学生なら、逆にページをめくる手が止まらなくなるのではないでしょうか。それぐらいリアルな作品でした。
直木賞作品『何者』の作者である朝井リョウ氏は、2012年卒生として実際に就職活動をおこなっています。その経験を十二分に活かして、同じ大学に通う友人同士の就職活動を中心にストーリーは展開されていきます。現実とSNSが入り交じった彼らのコミュニケーション。それゆえ強調される就活のシンドさや複雑な人間関係。それらが執拗なほど丁寧に描かれています。
「自分は何者なのか」「何者かになれるのか」。通底するテーマは古典的と言えます。青年期特有のアイデンティティ探索(別名、自分探し)は、学生から社会人への移行期とちょうど時期が重なります。そのため、就職活動を通じて自分探しをする姿が描かれた作品は少なくありません。
自分の意に反して髪を切り、着たくもないスーツを強いられる不自由さ。迎合した時点で、アイデンティティを手放したかのような喪失感。社会的に認められていないからこそ固執してしまう自己。就職活動によって、自分のなかの何かがぐらぐらと揺らぎ、不安定になるのは当然です。私を含め、程度の差こそあれ、きっと皆さんにも思い当たる節があるのではないでしょうか。
- 掲載日:2013/02/19
第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
そんな古典的なテーマを扱いつつも、『何者』に斬新さがあるのは、SNS(主にツイッター)が日常に入り込んだ学生コミュニケーションを丹念に描いているからでしょう。作中の登場人物におけるSNSとの距離感は様々です。ヘビーユーザーもいれば、ライトユーザーもいます。利用目的も多様で複雑です。しかし、微妙な人間関係を維持させるため、SNSというコミュニケーションツールを使いこなす姿に共通性とリアリティを感じます(これは私の経験にもとづく主観であって、学生一般に適応できる話でないことを先にお断りしておきます)。
普段行動を共にする親密圏コミュニティーの人間関係は、とても繊細です。彼らはできるだけ波風を立てない人間関係を優先します。否定的な反応は極力避けられ、強調されるのは同調の意思表示です。
若者言葉でよく耳にする「まじか~」「マジで!」という言葉は、自分の態度はあいまいにしたまま、とりあえず同調できる便利な言葉です。だからこそ多用されているのでしょう(※)。日常会話では、対立リスクのある話題は避けられ、同調しやすい当たり障りのない話題が選ばれます。変化が少なく流動性が低い学校という社会では、波風立てない処世術がなによりも求められます。それが彼らに必要なコミュニケーション能力でもあるのです。
しかし、就職活動を機に変化が起きはじめます。同調を重視した学生スタイルのままでは、就職活動で全く通用しないからです。同調ありきではなく、まず自分の意見を持つこと。そして相手の意見を尊重しつつ、自分の意見をハッキリと伝えること。就活では、今までにない高いハードルが課せられます。
学生スタイルしか経験のない多くの学生にとって、実社会スタイルは頭で理解できても、感覚的には分かりません。だから、違いを認め合う調和のとれた関係よりも、優れた資質を誇示してライバルとの優位性を際立たせようとします。エピソードを言葉巧みに誇張して、プレゼンテーションゲームに勝ち抜かなければ内定は得られない。そんな思考が蔓延していきます。
個人の成績でランク付けされる学校社会には、win-winという関係があまり存在しません。それゆえ多くの学生は、オレが通るためにはおまえが落ちる必要があると、ゼロサムゲーム的思考に捕らわれがちです。まだ何者でもない学生同士で、僅かな差異を誇張し合い、自己の社会的価値と優劣を過剰なまでに気にしつつ、結果に一喜一憂するのです。
そんな葛藤のなかでも、親密圏コミュニティーの同調的友人関係は保たれようとします。そのため、友人の就活成功談などを耳にすると、心がざわついて大変です。妬みや猜疑心があふれ出そうになったり、心が折れそうになったりします。コントロールしにくくなった自分の感情は、SNSに投影されていきます。作中の彼らでいえば、別アカウントで思う存分シニカルな発言をしたり、必要以上に前向きなつぶやきや強気なつぶやきをして、多くの人の承認を得ようとします。本書で最も痛々しかったのが、今までの自分を保とうとするあまり、SNS上の発言が過剰になっていく過程です。
自己を確立していく青年期には、他者の存在が必要不可欠です。他者と関わることでしか、自己の輪郭は見えてきません。SNSによって青年期の自己開示は一段と複雑になったように思います。決してSNSを否定しているわけではありません。私自身よく利用しますし、とても魅力的なコミュニケーションツールだと感じています。ただ、脆弱な自己が鍛えられていく渦中の学生にとって、どんな影響があるのか。それが気になります。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント