12月1日より、2014年卒生の本格的な就職活動がスタートしました。就職情報サイトがオープンし、合同企業説明会が各地で開催されています。この合同企業説明会は、大規模なものになると数万人単位の学生が押しかけます。最寄り駅から会場まで人の波は途切れることなく続き、会場内は就活生でびっしりと埋め尽くされるのです。
彼らの服装は、全員がリクルートスーツです。その色は、ほぼ黒で統一されています。制服のように似通った黒のスーツを着て、企業ブースを忙しく出入りする様子は、なんだかアリの群集のようにも見えます。
以前からリクルートスーツの主流は黒(もしくは黒に近い色)でしたが、数年前までは、他の色(グレーなど)も一定数見かけました。それが、最近ではほぼ黒で統一されてきているように感じます。あるデータでは、約9割の学生が、黒のリクルートスーツを買っているとありました。大学の就職ガイダンスで、特に黒を推奨しているわけではありません。なのに、なぜこれほどまでに一様化しているのでしょうか?
学生気質という側面から考察してみましょう。
- 掲載日:2012/12/10
第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
リクルートスーツを購入するタイミングは、本格的な就職活動が始まる少し前です。その時点の彼らの不安は、とても膨張状態にあります。「服装にちょっとでも変なところがあれば、マイナス評価をされるかもしれない」「自分が大丈夫と思っても、社会人から見たら失礼な服装かもしれない」。あらゆる不安が頭をよぎります。
学生生活では、企業で働く社会人と触れ合う機会はほどんどありません。ですから、服装に関する社会人の標準感など見当もつきません。就活生である自分にとって、どんな服装がふさわしいのか。それを自分で判断することは不可能なのです。分からない不安が一番不安です。ですから、こんな細かいことまで質問してきます。
「3つボタンのスーツはダメと聞いたのですが本当ですか?」
「ボタンホールに色がついているYシャツは、やめた方がいいですか?」
「ドット柄のネクタイでも大丈夫ですか?」
「襟は出した方が良いですか、出さない方が良いですか?(女性)」
「黒のストッキングはダメって本当ですか?(女性)」
「どうでもいい」というか、「もっと他に質問すべきことがあるだろう」と言いたくなるようなものばかりです。
ここまで不安が強まると、いったい何が起こるのか。「みんなと一緒なら安心!」。そんな一様化への圧力が働きはじめます。他の学生と違いが少なければ、自分一人が服装でマイナス評価をされることはなくなる。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という心境です。そうして、もともと主流派であった黒が、制服のように一様化したリクルートスーツとして定着していったのでしょう。
合同説明会での彼らの様子を見ていると、同じ服装のメリットは他にもあるように感じます。それは、個人の識別が困難になるということです。もしマイナス評価されそうな失敗をしたとしても、同じ服装の人混みに紛れてしまえば、もう誰が誰だか分からなくなります。本当に驚くほど見分けが難しくなるのです。黒のリクルートスーツには、隠れ蓑というメリット(?)も期待できるというわけです。そう考えると、スーツだけでなく、カバンから髪型まで(女性では前髪をとめるヘアピンの位置まで)、まるでコピーしたように似通わせているのも合点がいきます。
仕事経験のない学生は、実社会では当然未熟者であり、弱者です。本当は個性を出したいけど、悪目立ちしたくない。わずかな不安要素も排除しておきたい。だから、徒党を組んで同じ服装で、同じ行動をする。それはまるで、群れをつくって身を守るシマウマの集団のようにも感じます。黒のリクルートスーツで社会人の前に出るのは、身を守るための彼らなりの知恵なのかもしれません。
みんな同じ。それが気持ち悪いと言って、就職活動を避けたがる学生も少なくありません。しかし、それを強固にしているのは自分たち自身というのも皮肉なものです。そして、彼らが選んでいる色は「黒」です。あなた色に染まる「白」とは真逆の、何ものにも染まらない「黒」を全身にまとい、就職活動をする。これはもしかしたら、彼らなりの反抗心の現れなのかもしれません。意図しているはずもないのですが、そう考えると、なかなかに面白い気がします。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
バックナンバーを全て表示

キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント