「企業の建前なんじゃないですか?」「今はもっと重視されていると思います」。これは、あるアンケート結果を見せたときの学生の反応です。どんなアンケートかと言えば、選考で何を重視しているかを訊ねたものです。
<企業は選考で、何を重視しているのか(複数回答)>
- 掲載日:2012/10/12
第16回 “資格”にまつわる誤解
- 人柄 89.6%
- その会社への熱意 78.8%
- 今後の可能性 74.2%
- 能力適性検査 35.2%
- 資格取得 11.8%
(就職ジャーナル版『就職白書 2005』より)
このアンケートは、7年ほど前の少し古いデータです。しかし、中途採用と異なり、新卒採用ではポテンシャルに軸足をおきます。ですから、人柄や熱意を重視するというのは、今でもほぼ違和感のない結果でしょう。そして、資格の有無はあまり気にしていないという点も、(一部の専門職採用をのぞいて)同様だと思います。
しかしこの事実は、一部の学生にとって大きな衝撃となります。衝撃ほどではないにしても、資格を重視するのが約1割しかいないという事実に、多くの学生は驚くのです。就職を意識する時期になれば、「やっぱり、何か1つぐらい資格がないとマズイかな」といった会話が普通に聞かれる。それぐらい彼らにとって「資格」の存在は大きくなっています。そう言えば、ある採用担当者は「最近の学生の履歴書には、資格欄に何かしら書いてある」と、感嘆とも違和感ともとれる発言をしていました。
学生の言葉を借りれば、これだけ世間で「資格は必要」「資格は取っておけ」と言われているのに、こんなにも軽視されているという事実は、にわかには信じがたいそうです。「人柄や熱意を重視すると言った方が、学生の好感が得られる。だからそう言っているだけ。本音では資格の1つも持っていない学生は評価されないはずだ」。こんなコメントをよせた学生もいました。社会人からすれば、ここまで資格に固執すること自体、にわかには信じがたいのではないでしょうか。
学生は、就職活動に対する不安から、よりどころとなる“何か”を求めます。少しでも自分に自信が持てる“何か”がほしいのでしょう。そんなとき、「就職に有利」「仕事にすぐ活かせる」と書かれた広告が目に入れば、心惹かれるのは仕方のないことです。そのため、冒頭のアンケート結果を見せた後、「資格」も取得の動機や、そこまでのプロセスに人柄や熱意を感じさせることが可能!とフォローすることを忘れないようにしています。
じつは最近、大学でも「資格」を後押しする傾向があります。エクステンションスクールとして、資格取得カリキュラムを大学内で開講しているのです。サークルにもゼミにも参加せず、無為な学生生活を過ごしてしまう。そんな学生が増えているため、資格取得にやりがいを見いだせれば、少しは有意義な時間が過ごせる。そんな意図から、「資格」をすすめているのです。少し穿った見方をすれば、大学の新たな収入源という考え方もできるのですが…。
どっちにしろ、大学がすすめているわけです。学生からすれば「資格」に対する信頼性はより強固になっていきます。結果として、学生は社会人が考えているよりずっと大きな期待を「資格」に抱くのです。論拠もなく、まことしやかに流布する“資格有効説”もしくは“資格必須説”は、大学に広がる都市伝説のようなものなのかもしれません。
じつは、都市伝説のように信じられている実社会への誤解は、他にもあります。シビアなノルマを課せられる営業職のイメージなどは、最もポピュラーな誤解の1つでしょう。デフォルメされたドラマのワンシーンなどを、そのまま信じてしまっている学生は意外と多いのです。また、実力主義といった言葉から、極端な競争社会をイメージしている学生もいます。就職活動もその延長と考え、自分が得た有益な情報は友人には知らせず、独占しようとする学生もいます。周囲はすべてライバル。こんな狭量な個人主義のままでは、組織全体のパフォーマンスを上げる次世代リーダーは育たないでしょう。
そろそろ2014年卒の学生と接触する機会が増えてくる時期です。就活準備段階であるこの時期、学生はまだまだ驚くほど世間知らずです。自分が僅かに持っている実社会イメージだけで、ものごとを判断してしまっています。できるだけ早く都市伝説のような誤解を解いてあげてください。そして、誤解で理論武装された思考のその奥にある、彼らの人柄や熱意をじっくり見ていただければ幸いです。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
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- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
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- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
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- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント