「教えてもらっていません!」。その言い方は、だからできなくて当然で、注意されるのは不本意だ、と言わんばかりの口ぶりだったんです。こっちも忙しい中でアドバイスしているわけで、やっぱりイラッとします。ついつい、強い口調で「だから“今”教えてるでしょ!」なんて言ってしまい、後から大人気なかったと後悔したり…。
新人育成にかかわっている友人との雑談で聞いた新入社員のエピソードです。「はい、わかりました」と言えばいいだけなのに、どうしてその一言が言えないんだろう。そう言って、ため息をつく彼女の気持ちはよく分かります。でも、言い返してしまう新入社員の気持ちも、ちょっとだけ理解できるのです。
4月になり、多くの若者が新社会人としてのスタートをきりました。厳しい就職活動を乗り越えて、今日という日を迎えたわけですから、誇らしくやる気に満ちた心持ちでいることでしょう。
しかし、やる気だけでは仕事はできません。まずは、OFF-JTとして新入社員研修を受けるケースがほとんどでしょう。研修で一定の知識を得ても、仕事を任せるのはまだまだ先です。OJTとして先輩や上司から仕事を教えてもらい、経験を積みながら徐々に一人前になっていきます。
- 掲載日:2012/04/06
第13回 学生から社会人への乗り越えかた
冒頭のエピソードのように、新人に対してストレスを感じるのは、このOJTで直接彼らを指導するタイミングに多いのではないでしょうか。たとえば、「言われたことはきっちりやるが、言われたことしかやらない」「できると言うので任せてみたら、修復困難な状況になるまで独りで抱え込んでいた」など。私たち大人の想定外の行動をする新人に、複雑な感情を抱くことも少なくないはずです。
しかし、程度の差こそあれ、いつの時代にもこうした新人ネタというのはあります。語り種となる人物も毎年のようにでてきます。ですから、一概に最近の新人の質が劣っているとは言えません。ただ、問題を感じる彼らの行動の要因には、今どきの学生の特徴があるように感じます。
特徴の1つをあげてみましょう。それは、彼らが実社会に対して、必要以上の「怖さ」を感じているということです。社会人という新しい世界に飛び込んだわけですから、ある程度の「怖さ」があるのは当然です。しかし、実力主義・成果主義でシビアに自分の能力が判断される。できないヤツと思われたら、いつリストラされるか分からない!社内といえどもヘタに弱みは見せられない。そんな思い込みから、実態以上の「怖さ」を感じている新人は少なくないように思います。
また、学校社会と実社会の違いも彼らを混乱させます。
実社会では、OJTとして仕事のプロセスをこなしながら、日々小さな失敗をして、学び成長していきます。しかし、学校社会では、インプットとアウトプットは明確に分かれています。昨今の大学では、シラバス(講義計画)が厳密化していますから、インプットする授業内容や評価方法は全て事前開示されています。それに則ってインプットをして、どれだけ定着したかを試験やレポートで評価します。全てルール通りです。明確にされているインプット対象の再現性の高さによって、アウトプット(自分の能力)が決まる。だから、教わっていない仕事で失敗したからといって注意されるのは、彼らにしてみれば不当にマイナス評価を受けた感じがするのかもしれません。
アドバイスにムキになって言い訳したり、周囲からの評価に過剰反応したり、失敗を避けるため必要以上のことに手をつけなかったり、能力があると見られたくて失敗を隠したり…。こうした保身や他責姿勢、萎縮といった問題行動の背景には、シビアな実社会に対する「怖さ」と、評価プロセスの違いが影響しているのではないでしょうか。
当然ですが、だから彼らのすることを肯定してほしいと言っている訳ではありません。ただ、必死さゆえの行動が、逆に成長の妨げになるのは残念です。①彼らが感じている「怖さ」の原点を理解すれば、よりスムーズに関係構築できるかもしれない。②今までとは異なる方法で成長・評価されることを新人が理解すれば、その後の伸びしろが違ってくるかもしれない。もし、皆さんの身近に新人が配属されたら、この2つを頭のスミに入れて接していただければ幸いと存じます。
今年誕生した多くの新社会人が、現場で大きく成長することを願ってやみません。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント