このところ、新卒採用の選考開始時期に関する話題が、メディアでよく取り上げられます。就職活動が、学業に影響を与えていることは、以前から言われていたことですが、日本貿易会が、選考開始を夏季休暇からに繰り下げる提言を出したことから、一気に社会問題として注目されるようになりました。
選考を繰り下げることについては、企業側も様々な立場があり、足並みを揃えるのは容易なことではないでしょう。企業だけでなく、大学も一枚岩とは言えません。ある私立大学の就職支援担当者からは、「大手が夏からとなると、ウチの学生の主戦場はそれ以降。うっかりしていると、すぐに年を越してしまう。そうなると学生とは連絡が取りにくくなるし、支援も難しい。今以上に未内定者が増えることは確実だろう」といった声も聞こえてきます。企業と大学という違いだけでなく、それぞれに異なる問題を抱えており、一様な制度化と言うのは、本当に難しい問題です。
新卒採用に関する問題は、多様な関係者がいるため、いつも様々な意見が飛びかいます。そして、どの意見を聞いても、いつも何かスッキリとしない感じが私の中に残ります。それは、当事者である「学生」の存在をあまり感じる事ができないからです。国や企業、そして大学(教員と保護者)が、学生本人に代って、よりよい良い制度について発言しあう現状は、何か少し違うのではないかと感じています。
当然、ルール(制度)自体を学生がつくれるわけではありません。それは、大人の役割です。しかし、当事者である学生の発言を聞くべき、学生自身も発言をすべきだと思うのです。
学生と接していて感じるのは、ルールに対して従順すぎる受動的な姿勢です。守るにしても、守らないにしても、まず与えられたルールありきで自分の対応を決めようとします。守るのであれば、キッチリ守る。守らないのであれば、ルールからひたすら目を背け、無視し続けます。
ある学生に「そんなに守れないなら、なぜルールを変えないの?」と問いかけたら、「そんなことしていいんですか?」と逆に質問されてしまいました。彼らにとって、大人が決めたルールは、受け入れるか、拒否するかしか選択肢がないようです。そして、その立場が楽だと感じています。「『(人から)~して下さい』と言われるのに慣れているので、『(自分から)~する』ことに慣れていない」とコメントした学生がいました。
社会に出れば、自分たちでルール(制度)を作ったり、変更していく行為を伴います。目的達成のため、何をどうしようかと考える行為が必ず必要とされます。しかし、彼らが育ってきた環境では、自らルール(制度)を作るという機会自体、あまり与えられてこなかったのでしょう。
もし今、大人たちが一方的に採用時期を繰り下げる制度を作ったとしても、学生の質を上げるという本来の目的が達成されるのか疑問に思います。新たな制度だけ与えても、企業が求めるような能動的人材の育成にはつながらないのではないでしょうか。制度も必要ですが、それと同時に、大人の入り口に立った学生本人に、考え・発言してもらう必要性を感じます。
大人が学生のための就活環境を整えるだけではなく、当事者である彼らからの発言を、もう少し待ってもいいのではないでしょうか。学生自身が発言できる場を作ることで、当事者意識や社会というコミュニティの一員になる意識も醸成されると思うのです。それが、大人へのトレーニング期間である大学生時代に必要なことの1つではないでしょうか。
- 掲載日:2010/12/10
第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
バックナンバーを全て表示

キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント