空が高くなり、秋から一気に初冬を感じるようになってきました。10月初旬のこの時期、多くの企業では、入社予定の学生をあつめ、内定式が行われたことでしょう。とはいえ、2012年卒の採用は、東日本大震災の影響で、選考時期が大きく分散しました。そのため、まだ最終決着をみていない企業も多いかと思います。それでも、昨秋から1年近くにもおよぶ採用活動が、1つの節目をむかえたと言えるでしょう。
採用に一区切りつくと、次の課題は育成です。内定式を境に、学生の立場は変わります。「内定式まではお客さま、内定式後は見習い社員」。ある企業の採用担当者は、立場の変化を、そう表現していました。当然、学事日程や個々の学業状況に配慮する必要はあります。その上で、半年後の入社や配属を視野に入れ、育成というステップに入っていく企業は多いかと思います。
採用と育成のつなぎ目は非常に重要です。採用と育成のつなぎ目を、学生視点に置きかえれば、期待と現実のつなぎ目となります。就職活動を通じて、次第に高まっていった期待と、これからスタートする愚直なまでの現実。
このつなぎ目には、少なからず凸凹が存在します。この凹凸をスムーズに移行できないと、最悪、超早期退職ということになりかねません。
「説明会では、あんなこともできる、こんなこともできると、夢のあることを言っていた。それが、選考段階では、自分の努力しだいだと言われ、じゃーがんばろう!と思った。でも、内定式の懇親会で先輩社員から、原則3年間は全員営業だと言われてショックを受けた」。ある開発希望の学生は、そう言って肩を落としていました。
まだ配属が決まったわけでもありませんし、そもそも営業にネガティブであること自体、どうかと思います。しかし、今まで見えていなかった現実が、この時期から、徐々に見えはじめます。そして、期待と現実のギャップに、不安が生じはじめるのです。
- 掲載日:2011/10/06
第10回 内定者の期待値調整
「リアリティショック」という言葉があります。理想と現実のギャップにショックを受け、モチベーションを下げてしまう現象です。採用と育成のつなぎ目は、このリアリティショックの入り口と言えるでしょう。
就業経験のない学生は、どうしても自分に都合のよいイメージを持ちがちです。「~できるかもしれない」「たぶん~だろう」が、いつのまにか「きっと~だ」にすり替わっていきます。そうして、期待と現実のギャップは拡大し、ちょっとした出来事にも、気持ちが大きく揺れ動いてしまうのです。
それでも、たいていの学生は、すでに築かれた同期や先輩社員の人間関係に支えられ、現実を受け入れていきます。しかし、期待と現実のつなぎ目でつまづき、前にすすめない学生もでてくるのです。それは特に、選考で優秀と評価された学生に多いと感じます。
学生は、就職活動を通じ、繰り返し「学生時代に力を入れたこと」「志望動機」を問われます。そして、自らの経験や価値観をベースに、少しずつキャリアビジョンを明確にしていきます。5年後、10年後の私という、自分ストーリーが完成されていくのです。
優秀な学生ほど、キャリアビジョンは強固なものになりがちです。自分への高い評価は、自分ストーリーが企業に受け入れられたからだと感じるためです。「きっと、自分ストーリーが叶う(叶いやすい)配属や処遇になるだろう」と、期待は高まります。周囲の高評価によって、期待は肥大化し、自分ストーリーは強固なものになっていくのです。
それは、他の選択肢を排除し、狭量なキャリアビジョンにもつながります。そして、リアリティショックは深刻化していくのです。
リアリティショックを0(ゼロ)にするのは難しいでしょう。しかし、できるだけ和らげることはできます。狭く高くなりがちな期待イメージを、横に広げ、多くの選択肢と可能性を提示するのです。それは、当初イメージしていた期待値を分散化し、低くおさえる役目も果たします。
就業経験のない学生が、思い込みのようなキャリアビジョンにしばられるのは、弊害のほうが多いでしょう。多くの選択肢と可能性の提示は、これまでの自分ストーリーを、発展的に壊し、再構築する作業でもあります。狭くて高いキャリアビジョンから、低いけれど裾野の広いキャリアビジョンへ。
それができれば、シビアなギャップに直面しても、自力でソフトランディングすることが可能ではないでしょうか。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント