「理不尽さに対する耐性が低い。」そんな嘆きを人事担当者から聞くことがあります。
クライアントが無理を言うのは当たり前。理不尽な要求に対応できてこそ、一人前として評価される。それなのに、できない言い訳ばかりを並び立てる新人が多い…。プレッシャーを抱えつつ、日々の仕事に忙殺されている皆さんからすれば、「甘い!」と一喝したくなるのもムリはないでしょう。
確かに、甘い考えを持った大学生は多いと感じます。困ったことがあれば、何かしら助けてくれるサービスや商品は無尽蔵にある世の中です。消費社会と一線を画すべき教育現場にも、モンスターペアレンツが乗り込み、自らの要求を押し通してしまう現実もあります。甘える気がなくとも、不快な現実を可能な限り避けるクセが身についてしまっているのも、仕方がないのかもしれません。
そんな彼らです。一方的に不快さを押し付けられる理不尽さに弱いのは当然。私自身もそう思っていました。しかし、最近ちょっと違うのではないかと感じています。彼らの本当のウィークポイントは、「理不尽さ」ではなく、実は「不確実さ」なのではないでしょうか。
「この世の中で一番大事だと思うものは?」10代の男性に聞いたところ、「お金」(28.7%)と答えた人が最も多かったそうです(※)。大学生との日常会話でも、「お金」に対する強い固執を感じることがあります。いわく「お金が無ければ何もできない」「とりあえずお金でしょ」「お金は生活の必要条件!」。確かに、全てを否定することはできません。しかし、この固執に何か違和感を感じてしまうのです。
違和感の要因は、彼らがお金に感じている魅力です。経済的自立ができるから、お金に魅力を感じているのではなく、納得できる確実な対価を得られる便利なアイテムとして、お金に魅力を感じている、と私の目には映るのです。お金に不確実さは、あまり存在しません(少なくても今のところは)。1,000円ならば、1,000円として納得できるサービスや商品を手にすればいいわけです。利用してみて納得できなければ、クレームや返品も可能です。つまり、お金には満足度に対する保障が、ほぼ約束されています。だから、彼らは「お金」に普遍的な安心を感じているのだと思うのです。
同様に、彼らは「不確実な努力」を嫌います。「これを学ぶと何の役に立つのですか?」「就職に有利な資格を教えて下さい」。対価がハッキリしない努力は全てムダだと言わんばかりの質問に、私自身、辟易とすることが少なくありません。こうした合理的思考を、全面的に否定するつもりはありません。ですが、強すぎると危険だと感じています。
最小限の労力で効率よくゴールにたどり着けたものが、成功した人間であり、少しでも回り道をしたものは損をした人間である。こうした価値観が強固な場合、未知の世界へ行くことの動機付けを弱めてしまいます。ゴールまでの最短距離が分かっている既知の世界。そこに踏みとどまる方が利口ですし、確実な対価を期待できます。今の若者が挑戦を避け、失敗を恐れるのは、それが「ムダな努力」になってしまうリスクがあると考えているからでしょう。大学生や新人時代の努力に、ムダなんて存在しないのにも関わらず…。
逆に考えれば、AをすればBが得られるという保障があれば、彼らは張り切るのでしょう。この仕事を指示通りにしっかりやれば、○○というスキルが確実に身に付く。このプロジェクトに参加すれば、確実に評価される。こうした言葉に彼らは反応します。理不尽なことに対しても、今よりは高い耐性が期待できるでしょう。ある大学生は「アルバイト先の店長が無茶ばかり言う。でも言われた仕事さえすればお金がもらえる。だから我慢できるし、続けられる」と言って、忍耐力を自己PRとして主張していました。しかし、これからのビジネスで、Aをやりさえすれば確実にBが得られるという類の仕事は少なくなると言わざるを得ません。
厳しいビジネス環境では、常に新しい付加価値を生み出していくことが求められます。特に、コア人材として採用される新卒では、そうした期待が強いでしょう。そのためには、不確実さのなかで、試行錯誤する必要があります。回り道とも思えるプロセスから、自己成長し、失敗を成果に転化できる思考・行動特性が必要です。それは、不確実さへの対応能力と言っても良いかもしれません。
大学生や新人に、いきなり「不確実さに慣れろ!」と言ってもムリでしょう。まずは、ご自身の回り道経験を語ることから始めてみてはいかがでしょう。その回り道が、今の自分にとって有益な糧となっていることが伝われば、仕事に向き合う姿勢が変化するきっかけになるかもしれません。
どんな経験も無駄にはならない。一見ムダに見える回り道でも、その経験にどう向き合い、どう活かすかを考えること。それこそが、実は最も合理的な対価(成長)を得られるアプローチなのだと考えます。
※ 株式会社ニワンゴが運営する「ニコニコ動画」の利用者17,783人によるアンケートより(調査日:2010年7月24日)
- 掲載日:2010/08/09
第3回 不確実さを避ける学生
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント