今年はずいぶん早い梅雨入りとなりました。ジメジメした天候が続くのは、気分が滅入るものです。しかし、梅雨が明けたら、節電対策に頭を悩ませる盛夏。今年は、何かと大変な夏になりそうです。
大学3年生の夏も同様に大変です。夏のインターンシップをきっかけに、自分の就職先を意識し始める時期だからです。
インターンシップが、就職活動の早期化を扇動しないよう、今年の3月、日本経団連が倫理憲章を発表し、一定の基準を明示しました(※1)。そんな背景もあり、昨年のように、4割以上の学生が「1Dayインターンシップ」と呼ばれる企業イベントに参加(※2)といった状況にはならないでしょう。昨年は、インターンシップに参加しなかっただけで、就活に出遅れたと焦る学生が多くいました。それでも、各就職情報サイトがプレオープンする6月以降は、徐々に実社会との触れ合いを意識し始めます。同時に、就活に対する不安も色濃くなっていくのです。
そんな時期、学生からよく聞かれるのが、「どんな資格が就活に有利ですか?」「何をすれば就活で評価されますか?」「まず何から始めればいいですか?」といった質問です。「ハッキリした答えはない」と、いくら説明しても、学生はどこか腑に落ちない顔をします。
彼らの住む「学生」という世界は、年々不明確さが排除されています。自分の学力で無理なく入れる大学情報が提供され、AO(アドミッションズ・オフィス)入試の面接にまで対策が用意されています(中には、オープンキャンパスで自校のAO入試対策を実施する大学まであります)。大学のシラバスでは、全15回の授業内容が事細かに明示され、成績評価基準まで記載されています(レポート60%、出席30%、授業態度10%など)。転びやすいところには、常に注意書きがあり、転ばぬ先の杖が、周りを取り囲んでいる。それが彼らの日常です。そんな彼らにとって、答えのない就職活動というのは、俄かには信じられないのでしょう。そして、それが不安を煽ります。
「即戦力」という言葉も、不安を後押します。バブル崩壊以後の経済環境により、新卒採用市場は大きく縮小しました。就職氷河期と言う言葉が生まれ、自己責任という考え方が社会に蔓延しました。そして、新卒採用にも「即戦力」という視点が広がっていったのです。どんなに優秀な学生でも、就業経験もなく「即戦力」になれるはずがありません。ほとんどの企業は、「可能な限り早く即戦力になる学生」「少ない研修で現場に入れる学生」といった意味で、「即戦力」という言葉を使っていたと思います。それが、いつの間にか、言葉だけが独り歩きしてしまったようです。
「どのぐらいのPCスキルがあれば、即戦力レベルですか?」「このインターンシップ経験は、即戦力としてPRできますか?」「即戦力としたら、どっちのエピソードが魅力的ですか?」。そう質問してくる学生に、企業は「即戦力」を求めているのではない、ポテンシャル(潜在的な力)の方が重視されている、と言っても、やはりどこか腑に落ちない、不安げな顔をします。
今までの常識が通用しない、不安の多い就職活動。だから学生は、明確な何かを欲しがります。それが、資格であったり、インターンシップに参加した実績であったりするのでしょう。学生スタッフが非常に活躍している、あるNPOでは、参加学生から、「参加証明書のようなものはありませんか?」と聞かれたそうです。
最近では、親子三代会社員という家庭も珍しくありません。周囲で働く人といえば、会社員しかいないわけです。会社員は、家庭の中で、社会人としての顔を見せる機会はほとんどありません。つまり子供である学生は、就職活動を通じて、生まれて初めて社会人と触れ合うわけです。
この夏以降、新米就活生が、インターンシップなどを通じて、皆さんの周りに出現しはじめるでしょう。右も左も分からず、生まれたての雛鳥のように、オドオドしているはずです。「そんなことも知らないのか」と驚くこともあるでしょう。しかし、勇気を振り絞って社会の入り口に立った彼らです。どうか温かく、そしてカッコイイ社会人の姿を見せてあげて下さい。雛鳥の刷り込みではありませんが、生まれて初めて教わったことや、教えてくれた人は忘れないものです。そこに信頼関係が育まれれば、将来の上司部下という関係に発展するかもしれません。
- 掲載日:2011/06/08
第8回 新米就活生の不安
※2、インターンシップに参加しましたか?
はい 40.2%
いいえ 59.8%
文化放送キャリアパートナーズ 就職情報研究所
「新卒採用戦線 総括 2011」より
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- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
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- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
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- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
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- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
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- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
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- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント