コンプライアンス違反は「個人的不正」と「組織的不正」の2つに大別できるが、起こった際の影響がより大きいのは後者であることに異論はないだろう。品質偽装や隠蔽など、組織ぐるみで行われるこれら違反を防ぐためには、社内の規程や行動基準を整備するだけでは対策として不十分とされ、事実不祥事を起こしてしまった企業のほとんどでこれら取り組みは既になされていた。言うまでもないことだが、会社の仕組みや制度は職場で適切に運用されて初めて期待された効果を生むが、それはコンプライアンスであっても例外ではない。もし運用が適切になされていない場合は、その理由を特定し、改善を図っていく必要がある。不正に関するニュースが後を絶たない今日において、所管する部門に求められているのはこうした具体的な取り組みであり、その効果を定期的にモニタリングしていくことにある。今回は調査の分析結果をご紹介しつつ、組織の不正をどう防いでいくかについて考えてみたい。
(表1)には、職場で問題やトラブルが起こった際、それに対して主体的ないし消極的に関与すると回答した群と関与しない群の違いについて、製造業4社(約1,700名)の分析結果を示した。ここに挙げられた項目はコンプライアンス行動を阻害するものであり、社内の仕組みや制度が適切に運用されない理由を考える上でも参考となるものだ。
まず着目すべきは、[社内における企業倫理に反する行動の認識]が関与しない群で低く、[職場における倫理に反する行動の許容度]も乖離している点だろう。関与しない群では[『コンプライアンス行動基準』の目的と内容の理解]が関与する群と比べ進んでおらず、コンプライアンスに対する社員の認識も低い状況が推察される。このような場合、仮に違反が起こった際に会社や他の社員の生活にどのような影響があるかを具体的にイメージできていない可能性もある。行動基準などを職場内に浸透させるためには、管理職がまず率先垂範し、部下に模範となる行動を示す必要がある。彼らの日々の言動は部下の行動基準そのものであり、その認識をいかに管理職自身にもたせるかがカギとなる。(表1 黄色)
次に、関与しない群では[好き嫌いで評価する傾向]が見られ、[業務面接]の納得度も低い水準となった。処遇に対する不満感は着服や情報漏洩などの「個人的不正」の要因の一つとされるが、今回のテーマでもある『組織的不正』という観点から見ると、属人思考傾向の高さが懸念される。「好き嫌い評価」や「ツルの一声」などに代表される属人思考の蔓延は、物事の良し悪しではなく人で判断する風土を職場内につくり出し、正しい判断や行動を妨げるものだ。また、例えば「○○さんに任せておけば大丈夫」のような風土は、当事者意識の欠如や無関心にもつながりかねず、[見て見ぬふり]や[ことなかれ主義][臭いものには蓋]はこれを示唆する項目とも解釈することができる。(表1 水色)
最後に、関与しない群ではコンプライアンスよりも[売上や利益を重視する傾向]を感じる者が多い結果となった。頭ではコンプライアンス遵守を理解していたとしても、売上などの成果に対するプレッシャーが過度に高ければ、例えば品質よりも納期優先などの行動を取りかねない。また、このような状況下では、自身の業務や成果に直結することには積極的に取り組む一方、そうでないことについては消極的になりやすい。関与しない群で示された[職場の相互の信頼感]の低さは、メンバー間の「横の関係」の希薄化を表しており、そのような状態が放置されれば問題などの情報が職場内で共有されないという事態にも陥りかねない。(表1 橙色)
組織の不正を防ぐためには、経営陣も含めた組織に属する一人一人がコンプライアンス行動を徹底する必要があり、今回ご紹介した分析結果はその対策を考えるヒントを与えてくれた。性善説に立つなら、違反に関与した人間は最初から行動に問題があったわけではないはずだ。「これはまずいのではないか」と気づいた者が、コンプライアンス行動を取らなかった理由はどこにあるのか。ある会社では、ベテラン社員を中心に今日のようなコンプライアンスが厳しく求められる以前の仕事の進め方がまだ残っており、それが職場の雰囲気や若手社員に与える影響を懸念されていた。「これくらいは大丈夫だろう」という風土をつくらないための対策が求められている。
- 掲載日:2019/03/07
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(株)日本経営協会総合研究所 研究員 吉川 和宏
【経歴】
大学卒業後、金融機関勤務を経て、(株)日本経営協会総合研究所入社。現在は、主に従業員意識調査およびコンプライアンス意識調査を担当。調査から得られる数値情報を基に、各企業の組織改善のための指導・支援を行っている。産業カウンセラー。