経営陣と従業員、上司と部下、自部門と他部門、親会社と子会社など、組織における立場や属性の違いは建前的な関係をつくり出しやすく、時としてコミュニケーションを阻害する要因にもなり得る。普段感じていることや思っていてもなかなか発言できないことの中には、上司や同僚に対する不満ばかりではなく、現場の課題を解決するヒントとなるものもあるはずだ。このような問題意識とでもいうべきものを可視化するための手段が意識調査であり、そのためには忖度された「建前」的な回答ではなく、従業員の「本音」が得られるかどうかがカギとなる。そこで今回は調査の活用について、「本音と建前」をキーワードに考えてみたい。
正社員の意見だけでは見えない実態
属性の一つに雇用形態があるが、働き方や就業形態が多様化する中、いわゆる非正規社員を調査の対象とする会社も多い。各社によってその理由はさまざまだが、組織を構成するメンバーの一人である以上、雇用形態などの違いであえて対象者を限定する必要はないように思う。特に担当する業務内容が正社員と大きく変わらない場合や職場において一定の役割を担っている場合などは、他の課員や職場の雰囲気に与える影響も小さくないはずだ。もちろん、これまで担当した会社の中には非正規社員で割り切った回答が目立つケースもあるが、一方でそのような立場だからこそ、より「本音」に近い回答が得られたケースもある。同じ職場で働いていても、役割や立場などが違えば見える風景も異なる。多様化が進む今日において、実態を的確に捉えるためには、このような属性の違いも踏まえて考察することが一層求められるのではないだろうか。
目に見えないものだからこそ
前回のコラムでも少し触れたが、採用環境の変化や労働人口の減少など、会社として十分な労働力を確保することがますます困難な時代となり、転職のハードルも以前とは比較にならないほど低くなった。企業を取り巻くこれら環境の変化を踏まえると、個と会社(組織)の双方にとってどのような状態が最適かを真剣に考えなければならないタイミングに来ているとも言える。そのためには、どちらか一方だけの視点でなく、互いが歩み寄り、模索しながら取り組み続けることしか方法は無く、働き方改革やダイバーシティなどの取り組みはその一つでしかない。行動を変えることができるのが意識である以上、それを無視した施策はいくら内容が優れていたとしても、その目的を達することは難しい。日々忙しく働く者にとっては、目の前の業務こそがすべてであり、目に見えないものにまで意識が及ぶことは少ない。だからこそ、定期的にモニタリングし、意識改革を図っていく必要があると考える。
真に風通しの良い職場や組織であれば、もしかしたら意識調査などは必要ないのかもしれないし、本来はそうであるべきなのかもしれない。けれども、組織がより複雑化し、構成する課員の属性も多様化が進む中において、意識調査は個⇔会社(組織)の双方を取り持つコミュニケーションツールであり、目指すべき姿を共有するために行われるものでもある。
また、コミュニケーションは意識的に取り続けなければ双方の関係も希薄になってしまいやすく、それは個だけでなく、個⇔会社(組織)間でも同様ではないだろうか。製造現場で見られるコンプライアンス不正とその放置の背景の一つに、これら関係の希薄化があっても不思議ではない。コンプライアンスの取り組みを「遵守と相互確認」と言い換えるなら、意識調査はこの相互確認をするためのツールでもある。
いずれにせよ、まずは「本音」と向き合うことが第一歩であり、その先にしか解はないのではないか。
- 掲載日:2019/02/05
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(株)日本経営協会総合研究所 研究員 吉川 和宏
【経歴】
大学卒業後、金融機関勤務を経て、(株)日本経営協会総合研究所入社。現在は、主に従業員意識調査およびコンプライアンス意識調査を担当。調査から得られる数値情報を基に、各企業の組織改善のための指導・支援を行っている。産業カウンセラー。