意識調査で得られるデータは、回答者側から見える組織や職場の風景であり、そこには日々働く中で感じることが投影される。そのため、例えば上司として部下とコミュニケーションが取れていると思っていたとしても、一般社員が不足していると感じていれば、当然ながら回答結果はそのように出る。このような自己認識と他者評価の違いをチェックすることは、普段の自身の言動を客観的に捉えられるだけでなく、特に経営陣や管理職などの上位者にとっては、行動を見直すきっかけになるものでもある。
「経営陣の危機意識をもった経営」と「上司の危機意識」のスコアの違い
先日あるメーカー(※以下A社)の調査で、「経営陣の危機意識をもった経営」が低い一方、「上司の危機意識」は高いスコアが一般社員で示された。当社の意識調査では、危機意識の有無について、「経営陣の危機意識をもった経営」「上司の危機意識」「同僚の危機意識」の3問で測定しており、従業員意識調査『NEOS』と『コンプライアンス意識調査』の双方に共通する項目として設定されている。A社のその他の上司関連項目を見ると概ね高いことから、職場でのマネジメントは機能しており、上司⇔部下間の関係も良好であると思われるが、他方で経営陣に対してはやや厳しい評価となったことで、報告を受けた役員の中には戸惑いの表情を浮かべる方も見られた。
「裸の王様」にならないために
さらに分析してみると、その他の項目からA社では顧客志向の高い者が多いことが明らかとなり、現場の声が吸い上らないことへの不満感が経営陣に対する厳しい評価の一因になったものと推察された。「ツルの一声」などの強いトップマネジメントには、リーダーシップというプラスの側面がある一方、ボトムアップ型のコミュニケーションが機能しづらいなどの弊害も起こり得る。たとえ工場や営業拠点に定期的に足を運んでいたとしても、そこで行われる会話が一方通行なものが多ければ、社員にとってはただ話を聞かされただけで、現場の意見を聞いてもらえなかったことに対する不満感の方が印象として残るのではないだろうか。そのような状態でいくら経営陣が方針や施策について話をしたとしても、どの程度その内容を理解し、納得することができるかは疑わしい。
もちろん、一般社員の意見だけですべてを判断することはできないし、管理職にもその原因の一端はあると思う。とはいえ、今回のような状況が続けば、経営陣と社員との間に認識のズレが生まれるだけでなく、「裸の王様」という状態にもなりかねない。そうなれば、現場で起こる問題やトラブルに関する情報を経営側として把握できない可能性もあり、早期に対応することも難しくなってしまう。
今回ご紹介した事例は、客観的な評価の必要性を改めて示したもので、それは役員であっても例外ではない。経営トップが不正に関与したニュースも聞かれる中、組織の健全性をいかに保つか、その対策が求められている。社外取締役やコンプライアンス委員会などを導入する会社も多いが、自社の経営陣が社員にどう映っているかを確認することは、役員自身が自らの襟を正す仕組みとして一定の効果があると考える。不正や違反を未然に防ぐチェック機能の一つとして、この「社員の目」の有効活用が進むことを期待したい。
- 掲載日:2018/12/05
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(株)日本経営協会総合研究所 研究員 吉川 和宏
【経歴】
大学卒業後、金融機関勤務を経て、(株)日本経営協会総合研究所入社。現在は、主に従業員意識調査およびコンプライアンス意識調査を担当。調査から得られる数値情報を基に、各企業の組織改善のための指導・支援を行っている。産業カウンセラー。