Vol.30 曖昧なものを曖昧なままにしないために

 コンプライアンスの定義については、「単に法令を遵守するだけでなく、社内の規則や業務マニュアル等の社内規範と、広く社会の常識や良識等の社会規範を守る行動を指すもの」とされ、会社とそれに属するすべての者が遵守すべきこととして広く認知されている。
一方、適用される範囲の広さ故、どこまでがOKでどこからはダメなのか、その境界線が分かりにくく、グレーゾーンと呼ばれる曖昧な部分を生み出しやすい。場合によっては、正誤の基準が人によって異なる可能性さえあるのではないだろうか。

 こういった性質を踏まえると、コンプライアンス方針や行動基準をただ打ち出すだけでは対策として不十分であり、近年製造現場で起きている事例も参考とするなら、遵守すべき行動を現場任せにするのではなく、会社として取り組むべき事項をある程度明確にした上で、適切に運用・実践されているか定期的にモニタリングしていく必要がある。取り組むべきものが具体的にイメージできれば、課員の行動にもつながりやすく、現場の管理監督者にとっても日々のマネジメントに取り入れやすい。継続的に取り組むべきものだからこそ、日常業務において一人一人がそれを意識し続けられる仕組みを考えていかなければならない。

 ただし、ここで注意しなければならないのが、遵守すべき範囲内のものだけが意識され、範囲外のものが軽視されることがないようにしなければならないという点だ。「なぜそれを守らなければならないのか」と「何のための取り組みなのか」を理解していなければ、指示されたことだけとりあえず守るということにもなりかねない。「基本なくして応用なし」ではないが、この「なぜ」と「何のため」を理解させることが最も重要であり、コンプライアンス教育や管理職研修などはその機会の一つと考える。

 当然ながら、「なぜ」と「何のために」を理解させようにも、そもそも課員の意識が低ければ期待された効果は望めない。一見コンプライアンスと関係がないように思われるが、所属する組織の一員としての「帰属意識」があり、担当する業務や自身の役割に「職業的自尊心」と呼ばれるやりがいとプライドをもっているかどうかが、コンプライアンスの基本を理解し、行動する上では問われてくる。そのためには、コンプライアンスを所管する部門だけでなく、人事部や経営企画部などとも連携した施策を検討していく必要がありそうだ。
 
 遵守すべき事項や行動を示すことで、個々の意識を高める効果が期待できるが、それだけでは限界もある。問題やトラブルに遭遇してしまった者が、道を踏み外すことなくコンプライアンス行動を選択できるかどうかは、職場の上司や同僚などとの関係が大きく影響する。上司との関係については、これまでも何度か触れてきた(※NEOS通信Vol.28『コンプライアンスの取り組みに足りない何か』参照)ので今回は割愛するが、同僚についても、仮に職場内の人間関係が希薄な状態では、メンバーの変化に気づくことができないばかりか、いざという時の相談相手がいないということにもなりかねない。風通しの良い職場とは、単にコミュニケーションの有無だけではなく、互いが信頼し関心をもった状態を指すもので、上司⇔部下間やメンバー間に信頼関係があるからこそ、適切なタイミングで報告や相談ができると考える。属人度や専門性の高い職場においては、人間関係も希薄になりやすく、自分以外の周囲に対する関心が低い「他人事思考」に陥りやすい。職場内にそのような風土や雰囲気があるようなら、上司が率先して課員とコミュニケーションを図り、職場の一体感を高めるための動きが期待される。

 技術の進歩や法律・マニュアルの改定等、取り巻く環境が変われば当然遵守すべき範囲やその内容も変化する。曖昧になりがちなものだからこそ、現場任せにするのではなく、「遵守すべきこと」と「やってはならないこと」をある程度明確にし、それを分かりやすく現場に示していく必要がある。また、曖昧なものだからこそ、それを検討する際は客観的な数値情報に基づいて議論されるべきだとも思う。企業のリスク管理としてのコンプライアンスの重要性が増す中、全社を巻き込んだ本腰を入れた取り組みが求められる。

(株)日本経営協会総合研究所 研究員   吉川 和宏

【経歴】
大学卒業後、金融機関勤務を経て、(株)日本経営協会総合研究所入社。現在は、主に従業員意識調査およびコンプライアンス意識調査を担当。調査から得られる数値情報を基に、各企業の組織改善のための指導・支援を行っている。産業カウンセラー。